2003年10月9日発行の新聞『被団協』240号の内容をご紹介します。

『被団協』240号目次
1・アメリカまたも核実験強行
2・新たに5人が訴状を提出
3・小幡さん浦川さんが意見陳述撤廃
4・第2回核兵器廃絶地球市民集会
5・九州ブロック講習会
6・厚労省の準備書面を読んで

アメリカまたも核実験強行
-ブッシュ政権下で9回目-
被災協・遺族会は抗議文を送付

アメリカは、日本時間9月20日早朝、ネバダの地下核実験場で、通算20回目、ブッシュ政権になって9回目の臨界前核実験を強行しました。

この核実験に先立ち、長崎被災協は9月18日、長崎原爆遺族会と連名でブッシュ米大統領へ抗議文を送り、強く計画の中止を求めました。
抗議文では、核兵器の使用を含む先制攻撃をブッシュ大統領が「自衛」の名で正当だと主張している中での核実験の危険な狙いを指摘、あわせて北朝鮮に対する挑発であると批判しました。長崎被災協はこの抗議文を小泉首相、川口外相へも送り、ブッシュ大統領に中止させるよう要請しました。

平和公園で抗議の座り込み
9月21日の日曜日には、長崎被災協は核実験に抗議する長崎市民の会とともに、午前11時から正午までの1時間、長崎市平和公園の祈念像前で、核実験に抗議の座り込みを行いました。

長与町でも座り込み
今回のアメリカの核実験には、長与町でもはじめて抗議の座り込みが行われました。座り込みを行ったのは「核実験に抗議する町民の会(代表・葉山利行長崎被災協会長)」で、この抗議行動に30名が参加しました。

原爆症認定集団訴訟
新たに5人が訴状を提出

原爆症認定を求める集団訴訟第4陣として、5名分の訴状が9月30日に長崎地裁へ提出されました。
今回提訴に加わったのは、佐世保市の永山敏さん、長崎市の近藤勲さんと執行道雄さん、西彼・長与町の森内実さんと高比良タエミさんの5名。
長崎での提訴者は23名となりました。

厚生労働省が準備書面を提出

厚生労働省は、原爆症認定訴訟での訴状に対する意見をまとめた「第一準備書面」と「第二準備書面」を裁判所へ提出しました。

原爆症認定集団訴訟
小幡さん浦川さんが意見陳述 第2回口頭弁論ひらく

長崎地裁での第二回口頭弁論は9月17日午前10時からひらかれ、8月26日に提訴した3名についても併合することを確認したのち、原告2名、弁護士2名が意見陳述を行いました。
まず原告の小幡悦子さんが三菱兵器茂里町工場で被爆し重傷を負った経過を話し、その傷のため今なお治療が必要なのに、厚生労働省が起因性を認めない不当性を述べるとともに、審査にかかわる処理のずさんさを指摘しました。
続いて原告浦川学さんは、黒い雨地区で被爆、黒い雨にうたれた体験を語り、重複して発生したガンの手術の体験と今なお続くガン再発の不安を訴え、さらに異議申し立て制度が機能していないことへの不信感を表明しました。
この後永田弁護士は、占領軍の原爆被害の隠蔽に加担し、ABCCによる被爆資料の独占を許してきた戦後の日本政府の原爆被害への一連の対応は、不作為による証明妨害にあたると指摘、被爆者の立証責任は軽減されるべきだと主張、原弁護士は提出された儀国の準備書面の不当性を明らかにしました。

被団協の全国代表者会議

10月27日・28日に東京で日本被団協は、10月27日・28日の両日、東京で全国都道府県代表者会議を開催し、これからの被団協運動すすめ方について意見を交流し、取り組みへの意志統一をはかることになりました。
この会議は毎年この時期に開かれており、現在進行している原爆症認定集団訴訟も一昨年のこの会議で決まったのでした。
全国都道府県代表者会議に続いて、29日には中央行動が取り組まれ、厚生労働省などへの要請行動が行われました。

第2回核兵器廃絶地球市民集会
11月開催へ向けて準備すすむ

第二回核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキの実行委員会は、9月28日、長崎市平野町の国立原爆犠牲者追悼平和祈念館のホールで、11月22日から3日間開催される本集会のプレ集会として、「市民との対話集会」をひらきました。
プレ大会で、集会の内容が紹介され、ココで出された意見をもとに分科会などの内容、構成、進行などが再度練られて、11月の集会への準備が整います。
長崎市内では、地球市民集会への参加を呼びかける「平和電車」も走りはじめました。長崎駅前と市役所(市議会)には、横断幕も張られています。11月の集会の主な内容は次の通りです。
■開会集会(22日午後2時からブリックホール)長崎市長、県知事の挨拶ののち、基調講演や海外代表の意見発表などがあります。その合間には様々な歌や踊りや演奏も予定されています。
■分科会(①②は22日午前9時30分から、③④⑤は23日午前9時30分から、⑥⑦⑧は午後2時から)
①非核宣言自治体フォーラム
②ジャーナリストフォーラム
③非核兵器地帯と核の傘
④米国の核戦略
⑤平和教育・平和文化
⑥核軍縮議員フォーラム
⑦NGOの取り組み
⑧被爆者フォーラム
■閉会集会(24日午後1時30分から平和会館)

九州ブロック講習会
一泊二日、楽しみながらみんなで学ぼう

先月号でお知られしました11月16日・17日に嬉野温泉で開かれる九州ブロック相談事業講習会へご参加の方は、支部や会の役員又は直接長崎被災協へお申込ください。
参加費は1泊2日の宿泊費、昼食代など込みで16.000円です。会場は和多屋別荘。主な日程は次の通り
(16日)午前9時長崎市岡町「被爆者の店」横を出発。途中、佐賀県北方町の「ボケ封じのおもしろ説教」で有名な高野寺に寄り昼食。その後講習会場へ。この日は全体集会があります。
(17日)午前中に「これからの被爆者運動」などの分科会がひらかれます。その後全体集会があり、正午過ぎに講習会が終わると嬉野で昼食。その後東背振へ向かい、神埼町の紅葉の名所「九年庵」を訪ね、午後6時前には長崎へ帰着の予定。

原爆症認定=きびしいのが当然?
厚労省の準備書面を呼んで

山田拓民

被爆者からの訴状に対して被告国側の意見をまとめた書面(準備書面)が提出されました。目を通してみて、まず国の開き直りに驚きました。
1957年に設けられた原爆症認定制度はその後条文に変化は無く、また解釈に影響するような通知・通達もないのに、はじめの10年間は95%といわれた認定率が1970年前後から下がり始め90年代には40%前後になり、
現在20%そこそこというのは、法制定の趣旨を外れているのではないかとこれまで私も主張してきました。
この事に関って、今回の第二準備書面では、「原爆症認定制度は、昭和32年の原爆医療法制定当初から存在するものであるが、被爆者援護施策の拡大・充実とともに、その意義も変化してきた」として、制度発足当時は被爆者対策が貧弱だったので国も原爆症認定に一定の力を注いだため、認定率は高くなったと述べているのです。
今は健康管理手当など他の援護措置もできたので、単価の安い方にふりむけ、国家補償的配慮の現われともいえる原爆症認定はきびしくして当然と言いたいのでしょうか。
そしてなんと、かつては原爆症の認定を受けるのは「医療の給付」を受けるためだったのが、今は「手当受給」が目的となっているとまで言い切っているのです。
ところで苦し紛れの弁明は、ボロを出すもの。彼らは原爆症認定審査に恣意的な手を加えたことを、ついに自白したようなものです。これからは、それがいかに違法で不当なものであるかを私たちが明らかにする番です。がんばりましょう。