2003年11月9日発行の新聞『被団協』241号の内容をご紹介します。
『被団協』241号目次 | |
1・第2回核兵器廃絶地球市民集会終わる | |
2・日本被団協、代表4名を派遣 | |
3・原告長山さん・山口さんが意見陳述 | |
4・嬉野で九ブロックで相談事業講習会 | |
5・被爆者実態調査から | |
6・被爆線量に新たな指摘 |
被爆者の声に耳を傾けよう
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11月22日に、2500名を長崎市茂里町のブリックホールに集めた開会集会で幕をあけた「第2回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」は22日、23日の分科会を成功させ、24日の長崎市平野町の平和会館ホールでの閉会集会、ピースウォークと、のべ6800人(前回2000年開催より1200人増)が参加して、長崎からの反核・平和の熱い想いを世界へ発信する集会となりました。また、この集会には、ピースボート、日本生協連など9団体が自主企画をたずさえて参加、さらに平和会館1階では森下一徹氏らによる写真展「世界のヒバクシャ展」を開催、同時に各地のNGOが日頃の活動を紹介する13のコーナーも開設されました。 前回には予想もできなかった核兵器をめぐる危機的状況の中でひらかれた今回の集会は、冒頭の土山実行委員長の基調報告から最終日に採択された「長崎アピール」まで、「被爆者の声に耳を傾けよう」ということで貫かれたのは大きな特徴でした。 なお、採択された「長崎アピール」は「暴力と報復の連鎖を断ち切ろう」「05年のNPT再検討会議に向けて核兵器廃絶の大きな国際的な市民運動を起こそう」など7項目の呼びかけを行いました。 |
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エノラゲイ公開展示への抗議
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11月号でお知らせしましたように、ワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館では広島に原爆を投下した爆撃機エノラゲイ号を完全復元し、「技術的進歩」のシンボルとして展示、15日から一般公開しようとしています。日本被団協は、地元アメリカの平和団体と共同し、現地で原爆被害の実相を証言、あわせて同機の展示に対する思いを伝えるため、田中熙巳日本被団協事務局長を団長に4人の代表団をアメリカへ派遣することになりました。
長崎からは山田事務局長が参加 |
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原爆症認定集団訴訟集団訴訟
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原爆症認定集団訴訟の長崎地裁での第4回口頭弁論は、11月25日午後1時10分からひらかれ、原告の長山敏さんと山口初江さんが、被爆の体験とそれに続く健康障害とのたたかいと原爆症と認めようとしない被告厚生労働大臣への憤りを切々と陳述しました。この日は厚生労働省側も原爆症認定審査の際の基準についての見解をまとめ、審査の正当性を主張する第4準備書面を提出しました。次回は、1月13日(火)午後1時10分から。 | ||||||
嬉野で九ブロックで相談事業講習会
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11月16日、日本被団協中央相談所・九州ブロック相談事業講習会会場・嬉野温泉和多屋別荘大ホールは、長崎からの53名をふくめ、九州・沖縄の各県から集まった被爆者、支援者で埋まりました。1日目は、肥田舜太郎中央相談所理事長、中村尚達弁護士、岩佐幹三日本被団協事務局次長による講義。夜は賑やかに交流会。2日目は伊藤直子中央相談所相談員の講義のあと①相談活動、②医療・健康管理、③これからの被爆者運動、④被爆2世問題の4分科会で討議、閉会集会ののち、長崎からの参加者は佐賀「九年庵」の紅葉を楽しんで帰りました。 | ||||||
嬉九ブロック講演会参加者の声 |
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九州ブロック相談事業講習会参加者の方に、感想を寄せていただきました。 肥田先生の講話を楽しみに 参加者が多すぎるのでは・・・ |
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被爆者実態調査から
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8月に実施した「被爆者実態調査」の結果が、一部まとまりました。被爆から58年余を経た被爆者ですが、72%はアメリカの原爆投下は絶対に許せないと答えました。「仕方がない」という答えの内容は、「戦争だったのだから」「戦争を早く終わらせるためだったのだから」「日本も悪いことをしたのだから」というもの。 日本政府は、かねがね「戦争の被害は国民としてガマンするのが当然」といういわゆる戦争被害受忍論を唱えてきましたが、このことについて「そう思う」という答は3%にすぎず、75%の被爆者は「がまんできない」と答えています。私たちは原爆の被害への国家補償を求めてきましたが、「もうこれ以上のことはいらない」という答が18%を占めました。医療をはじめ制度改悪がすすむなかで、周囲からの「被爆者はよかねえ」の声が被爆者に影響しているのでしょうか。 ほぼ4人に1人(直爆、入市の場合27~8%)が被爆後に、放射線被害の典型とされている急性症状があったと答えています。放置できない数値です。
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被爆線量に新たな指摘
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これまで厚生労働省は、いわゆる初期放射線(原爆の爆発時に放出される放射線)の影響だけをとりあげ、原爆被災地での飲食物、塵埃などにふくまれた放射性物質による人体への影響を無視してきました。そのため、遠距離被爆者や入市被爆者は切り捨てられ、原爆症認定審査でも却下されてきたのです。かねて原爆被害の実態とかけはなれた原爆症認定基準に疑問をもっていた沢田昭二名古屋大学名教授は、地球市民集会第8分科会「被爆者フォーラム」で、新しい研究成果を発表しました。この研究は、広島での医師による被爆急性症状(発熱、下痢、皮膚粘膜出血、咽頭痛、脱毛など)の実態調査報告と日米合同調査団の調査報告をもとに、急性症状の発生率から被爆線量の推定を行ったもので、その結果、爆心地から約1.5キロから1.6キロの地点で放射性降下物による被爆線量は初期放射線量を上回り、爆心地附近へ出入した場合は、平均して同程度の被爆をしていることが明らかとなったのです。広島の場合、初期放射線被爆線量だけでみて、ごく微量の被爆として放置されていた2.5キロないし2.7キロでの被爆者の場合も、放射性降下物による被爆を考えると、実際はその50倍から100倍の放射線にさらされていることになるのです。 2001年6月から厚生労働省は「原因確立」という新しい指標を使って原爆症の認定審査を行ってきましたが、この「原因確立」のもとになる放射線影響研究所の疫学調査は、遠距離被爆者を非被爆者群として比較の対象にしてきました。遠距離被爆者の被爆線量がかなりのものとなると推定されるようでは、この方式もくつがえることになる。と沢田さんは指摘しています。(文責・山田) |